第76話    「混水模魚」   平成17年09月18日  

水をかき混ぜて魚を探るの意。昔の中国の兵法のひとつで色々な手を使って敵の内部に混乱を起こさせ戦力を低下しているのに乗じて、こちらの意のままに操縦し味方に勝利をもたらす事とある。情報合戦を利用し、敵国を混乱に陥れ内部を混乱、錯綜させ意のままにあしらう事は現代にも通用している。

平成の14年の初夏は、二歳の大釣れがあった。こちらでは7月の初旬はまだ梅雨の真っ最中で梅雨は中旬以降20日から25日を待たないと明けてはくれない。この年は例年にも増して雨の日が多く、毎日のように川水が濁っている日が多かった。この時期になるといつも行く、港内の船溜には多くの二歳が入り込んでいる。この年は事の外二歳が多かったが、型は小さい。

当地で二歳と云うのは、二年物の小型の黒鯛を指している。18~20cmの二年物の黒鯛の子は、手の平大と云う表現もする。これをすこぶる軟らかい二間〜二間一尺(3.6~3.9m)の短い竿で釣ると意外と左右に暴れて見せて引きが強い。竿が軟らかければなおさらの事、釣り上げる最後の最後まで、抵抗を見せるので引き味が楽しめる。

鶴岡の老釣師たちはこの頃になると毎日のように、この二歳を求めて当地に通ってくる。話を聴くとこの二歳のダシがソーメンにぴったりで、毎年なくてはならないものだと云う。その上磯などと異なり足場がしっかりとしている場所なので安心だし、家族に対して大手を振って釣に行ける事もその原因でもある。何も当地でなくとも鶴岡の近くの加茂の港でも良いのにと云うのだが、酒田の方が良く釣れると一同口を揃えて云う。とにかく彼らにとっては釣りに行く一石二鳥の口実になっているのである。

彼らは今でも二間〜二間一尺の柔らかな庄内竿を使う人が多かったが、手入れも大変な為最近はカーボン竿を使う人の数が多い。その竿を使って餌の重さだけを利用するフカセ釣りを行う。所謂完全フカセである。二歳の引きは結構強く軟調子の竿を満月のようにしならせ、釣れるたびに竿が満月のようになるから非常に面白い。磯やテトラなどの危険箇所での釣の出来ないお年寄りの方々にとっては何よりの釣のひとつである。

ポイントを決めると2030分かけて撒き餌を打つ。その間じっくりと竿に仕掛けをセットする。十分に撒き餌が効いた頃と判断してからおもむろに竿を振る。気の短い酒田の釣師は撒き餌をして直ぐに釣りたがるが、そんな酒田の釣師とは一線を画すところである。この鶴岡の釣師たちのやり方は非常に理屈にかなっているやり方である。撒き餌が効いてある程度、魚が集まると我先にと撒き餌に喰い付く。数が多くなればなるほど狂ったようになる。はじめ警戒していた二歳が、すっかりと警戒を解いてしまうことが知られている。だから鶴岡の人たちにとっては、太ハリスでしっかりと釣る習慣がある。

警戒心を解いた魚にとっては魚にとっては、ハリスの太いも細いもないのである。多く集まれば集まるほどに警戒心などはなくなる。だから彼らにとってボーズなどと云うものは滅多にない。そんな釣り方の鶴岡の老釣師は長年のテクニックを駆使し、実績を上げている。そんな人達の釣り方を学び、自分の釣に取り入れたいとも思っている。

この人達の釣り方は兵法のひとつ混水模魚の釣り方であると思う。理にかなった釣り方を、実践を通して身に付けているのである。魚を撒き餌と云う甘い汁を飲ませ、そして魚を狂わせて、さらに自分より太ハリスを使って実績を上げている。